1921年、神戸購買組合と灘購買組合が生まれ、1924年には「家庭会」が誕生しました。
現在の“くみかつ”(=組合員活動)の始まりです。
「家庭会」では、野菜や果物を保存するための瓶詰講習会、和・洋裁講習会、
社会の動きや経済問題の講話などさまざまな活動に取り組みました。
主婦自らが「学び合い、教え合い」により互いのくらしをより良くしていったことは、
女性の参政権すらなかった時代に画期的なことです。
1924年
神戸消費組合
(神戸購買組合)
家庭会を創設。
つくり・育てた
小泉 初瀬さん
1929年
灘購買組合
家庭会が発足。
人々に広げた
島田 薫さん
ろうけつ染講習会(1930年代初期)
瓶詰め講習会(1931年)
芦屋家庭会の不用品交換即売会
(1940年)
1921年
(大正10年)~
創設期
第2次世界大戦末期の再三にわたる神戸への空襲により、神戸消費組合・灘購買組合はともに
施設の大半を焼失しました。
戦後、物資が不足し、貧しい生活を強いられたころ、1950年「四ツ葉会」ができました。
人手がなくて困っている家庭と働きたい人を結ぶ家事サービスグループです。
「助け合い、支え合い」の想いが、今も「コープくらしの助け合いの会」に繋がっています。
栄養バランスをよく調理する「料理講習会」、
手持ち衣料のやりくりの「洋服修理講習会」なども始まりました。
正月重詰料理講習会(1951年)
四ツ葉会での洗い張りの勉強会
ふとんの綿入れ講習会(1960年)
戦後の家庭会活動の中心を担った
永谷 晴子さん
永谷さんの想いは、今もこのようなことばで引きつがれています。
1945年
(昭和20年)~
戦後
日本の高度経済成長の裏で、食品被害が頻発するようになりました。
組合員の声から食品添加物を使わない「みかん缶」、無漂白小麦粉を使った食パン「コープブレッド」、発色剤抜き生協ロースハムなどが開発され、家庭会では商品グループによる商品テストや安心な商品の普及に取り組みました。
家計簿付けや物価調査により社会に目を向けた「物価・家計グループ」、型紙の販売や洋裁会を行った
「衣服グループ」も活発に活動しました。
商品グループでの
「みかんの缶詰テスト」
アンケート調査集計に取り組む
家計研究グループ(1968年)
無着色タラコの開発(1968年)
買い物袋再利用運動(1978年)
1960年代
後半
(昭和30年代)~
阪神・淡路大震災直後から、「たとえわずかな力でも自分に何かできることがあれば」という機運が高まり、これまでボランティアに携わったことのない多くの市民ボランティアが神戸に駆けつけました。また、これを機にボランティア活動は身近なものとなり、広がっていきました。
それ以降、国内外の被災地へも、募金や草の根の支援活動で応援し続けています。
本部建物も全壊
日本各地からの支援
救援物資の仕分け
無事を喜ぶ
温もりを分け合う
温かい食事にほっこり
1995年
(平成7年)
阪神・淡路
大震災
「家庭会」から引き継がれた想いは、今、さまざまに広がり続けています。
サロンで仲間づくり
ベルマークで被災地支援
みんなで子育て
食と環境の学習
料理会
楽しく体操
そして
今…
出典:「私たちの歩み -婦人活動60年-」(編集・発行 灘神戸生活協同組合)